オリーブの里 聖会のご案内

二人でも三人でも、わたしの名において集まる所には、私もその中にいるからです。

教派教団を超えて、クリスチャンが日頃の慌ただしい日常生活から離れ、
静かな自然の中で、神との交わり、同信の兄弟姉妹との交わりを通じて
霊肉共にリフレッシュされる。そのような目的で年に10回、
金・土曜日に1泊2日の聖会を開催しております。
未信の友人知人をもお誘いし、伝道の場としてもご利用下さい。

オリーブ聖会 バックナンバー

オリーブ

  • 2018年7月20日21日 第148回

    『教会が危ない!』
    エペソ1、2章
    エペソ3、4章
    「教会が危ない!」キリストが満ちる教会
    エペソ1、2章
    教会とはなんだろう?傷んだ体験から学んだ。中学時代に先代牧師先生が癌闘病中、洗礼を授けられた。カリスマ的な先生が召されると、教会は大混乱した。人が語るメッセージ派と亡くなった牧師のテープ派に分かれて混乱状態になった。少しずつ落ち着いてきたが、「教会の分裂、分派」を考えさせられた。
    1. 教会はキリストによって罪赦された者の集まり(1:7)。 罪の中に死んでいたものだった。キリストにあって罪を全部赦された。十字架の贖いのゆえに、恵みによって生かされた。罪の残骸だらけの不完全な存在だが赦されている。グレーゾーンな存在だが十字架を見上げていこう。
    2. 教会はキリストが満ちているところ(1:23)。教会はキリストの体。教会のかしらはキリスト。御霊がそれを教えてくださる。優れた神の力、死からよみがえられたダイナミックな力を持つキリスト、すべての上にたつキリストを教会に与えれた。見えるところでなく、聖書の語ることを信じていこう。
    3. キリストは隔ての壁を打ち壊す。キリストが異なったものを一つにしてくださる。神と人とに和解をもたらし、人と人との間に平和を作る。キリストに期待していこう。

     キリストによって建てられる教会
    エペソ3、4章
    神様から離れて生活した時期があり、始めは楽しかったが、罪悪感、空虚感、段々心は渇いてガサガサになってしまった。神様にもどると目の前が明るくなり、恵みがわかった体験をした。跳ね返していたみことばが、すっと入って来た。聖書のことばを聞きたくて礼拝にもどった。
    キリストのみことばで建て上げられる必要がある
    1. 神の知恵と力をあらわす教会として建て上げられる(3:1,7)。欠けだらけ、弱い、不完全な教会を通して神の知恵、愛、力を表すところとされた。
    2. 御霊の一致を保つ教会(4:3) 一致は人が作るものではない。すでに与えられているものを保つ。表面をそろえることではない。信仰で御霊の一致を受け取る。4:5.6
    3. キリストによって建てられる教会(4:11-13)。聖徒たちを整える。外科医が外れた間接をもどすように、やぶれた網を漁師が繕うように整える。キリストによって建てられていく(4:16)。賜物は教会のために与えれている。痛みの経験も賜物。力量にふさわしく働く。1コリント1:2教会が分裂しそうだったとき、「主を呼び求めているものがいるなら、それゆえに神の教会」。
    三浦真信先生
    久遠キリスト教会牧師

    ※ 詳しくは聖会CDをお買い求めください。
  • 2018年06月15日16日 第147回

    『イエスの友情大作戦』
    ヨハネ 1:35-41
    ルカ 24:50-53
     「友情大作戦」ヨハネ1:35-41
    イエス様は私たちを「友」と呼んでくださる。イエス様との友情をはぐくむ。
    イエス様を直接会った人たちから3代目、信仰の告白やシステムも出来てきた。迫害は強くなる世代に、イキイキとしたイエス様との交わりが大切とヨハネは教えている。
     Facebookで「イイね」は楽しいだけでなく、ストレスになることもある。友達でなく人の反応の数に目が行く。人の評価が気になる。イエス様は友情をはぐくんでくださる。わたしがイエス様を信じること
    聖書の中で「神の友」と呼ばれる人はアブラハムとモーセ。彼らの共通点がある。神様から約束をもらっている。けれども「一番苦しかった」。神様の友である彼らはその中で希望を与えていただいている。
    神の「しもべ」。もっとも信頼されている人の意味である。もっと「親しい友」と呼んでくださる。命を捨てる大きな愛をもって「友」と呼んでくださる。役に立たないだけでなく、イエス様を拒むような私たちと「友」となる約束を結んでくださった。「来れば、わかっから」とイエス様は弟子たちと友達になってくださる。「いってみっか」がスタート。そしてイエス様と時間をいっしょに「過ごす」とイエス様がどのように愛してくださることがわかるようになる。イエス様は友情を捨てない。イエス様の友情を信頼していくことが大切。イエス様の友情には手遅れはない。

     「エルサレムでなくベタニヤへ」 ルカ24:50-53
    場所と結びつく経験がある。イエス様が天に上げられる場面。弟子たちと最後にすごされた。
    ベタニヤはマルタがイエス様を喜んで迎えたところ(10章)。マリヤはもてなしの手伝いをしなかったが、イエス様の足元にいてイエス様の耳を傾けていた。イエス様は彼女を評価しておられた。隔離された、差別された病気の人もいた。
    イエスさまが洗礼を受けたところも別の「ベタニヤ」だった(ヨハネ1:28)。病気の人、隔離された人、貧しい人がいるところ、社会に適応できない人もいたところが「ベタニヤ」と呼ばれていた。イエス様はそこをあえて訪ね、身を置き、滞在し(ヨハネ10)、喜んで、心休めるところ、過ごすところとしておられた。
    イエス様が大事にしていたものがベタニヤにあった。弟子たちに知ってほしいベタニヤがあった。自分を正しいとするエルサレム、成功のエルサレムでなく、友情のベタニヤにイエス様は行かれる。どこに身をおくべきか考えよう。

    米内宏明先生
    国分寺バプテスト教会牧師
    日本バプテスト教会連合理事長
    日本福音同盟(JEA)副理事長
  • 2018年05月18日19日 第146回

    『バトンを渡す!』
    マルコ3:13-19
     偉大な指導者ヨシュアの次の世代は神を主と礼拝せず、主の御業に関心を示さなくなっ
    た。次世代がバトンを渡し続けたリーダーの手本をイエス様から学ぶ。

     次世代リーダー育成のための6つの原則

    1. 次世代リーダー育成に「価値」を置くことを学ぶ。マルコ13:14-15
      イエス様は福音宣教と弟子訓練のため弟子を任命された。
    2. リーダーシップを「定義づける」ことを学ぶ。マルコ10:42-44「仕えるしもべ」
    3. リーダーの「将来、可能性」を見て選ぶことを学ぶ。マタイ4:19
    4. 「励まし」育てることを練習する。一叱る、九ほめる。ヘブル3:13
    5. 「任務中心」ではなくて、「関係中心」で育てることを学ぶ。
      一緒にいるために「身近に置き」マルコ3:14
    6. 次世代リーダーに「バトン」を渡すことを学ぶ。失敗しても赦して、励ます。
      「?私がやるから、君は見てて。?一緒にやってみよう。?君がやってみて、わたしが見てるから」

    眞島 亨 先生
    ニューホープ横浜 主任牧師
  • 2018年月4日20日 第145回

     『主我を愛す』と歌いつつ
    マタイ7:9-12
     子供の頃、両親に教えられた愛唱歌。
     成長するうちに「死」について考えた。聖書の中に答えを見出させていただいた。「神様は恐れさせるためでなく、愛して守ってくださる」と信じるとき、神様に回心する時をもった。「主我を愛す」と改めて歌えるようになった。
     人生のいろんな出来事も偶然でなく、神様の恵みによる。イエス・キリストの神との火のような体験、啓示を持つことができる。
     「神様が造られた世界に何が起こっているか見てほしい」と友人に言われて、信仰の在り方を考えさせられた。貧困、抑圧、戦争。神がないから起きるのではない。人の罪ゆえである。世界を変えることを教会に帰ることで、自分にしてほしいことを隣人にという歩みをしてきた。「主我を愛す」を一人ではなく、分かち合っていく伝道を教えられた。
     人生には出会いがある。神様が与えてくださる。両親、恩師、友人。出会い直す恵みもある。自分が巻き込まれていく。何かをするチャンス。楽しんで、喜んで、本気でかかわろう。
    周りも、昔も変えられない。今と自分は変えられる。みんなで取り組んでいこう。

    清重尚弘先生
    前ルーテル学院大学学長
    前九州ルーテル学院大学学長

    ※ 第二聖会や詳しくは聖会CDをお買い求め下さい。
  • 2018年3月16日17日 第144回

    『骨太のクリスチャンになろう』
    ヘブル12:1-3
    ヘブル12:4-13
     イエスから目を離さない ヘブル12:1-3
    人生は「旅」、「競技」に例えられる。信仰のレースはマラソンのように長く、障害物競走のようでもある。この競技の勝利のために、
    1. 過去のデータを調べ、学ぶ。作戦を立てる(:1)。旧約の人々から学ぶ。勝利者たちはスタンドで応援している。
    2. レースにふさわしい服を着る。ユニホームのように。前に進むためにブレーキ、邪魔になる重荷は捨てる(過去の栄光など)、罪はかなぐり捨てる。
    3. すぐれた指導者に従う(:2)。名コーチは選手の良いものを引き出す。イエス様から目を離さない。創始者(著者)はシナリオを描き終えている。勝利者と終わるように考えておられる。完成者である主は将来と希望を与える計画をもっている。
    4. 忍耐をもって走る(:1)。長くて苦しいから忍耐する。感謝する。「させられている」「してやってる」「させていただいている」取り組みがある。
    5. ゴールを目指して走る。勝利は一人だけではない。参加者がすべて受ける。バトン、たすきを渡すまで、自分のゴールを目指そう。
    神の訓練 ヘブル12:4-13
     「ほめると子供がダメになる」という本がある。注意されても自分を直せない。頑張る心が育たない。神様は私たちを訓練される。苦難の目的は、神の訓練。罰、バチではない。それはイエス様が受けてくださった。成長させるための訓練が私たちにある。
    1. 神様のすすめのことばを忘れない。つらいことがあっても神のあずかり知らぬことはない。弱り果ててはならない。耐えられない試練はない。脱出の道がある。終わりがある。
    2. 訓練は神様からの愛からでている。最高、最善をしたいのが神様の愛。出来ないことが出来るようになるためには練習、訓練しかない。「二度としたくない出来事が後の人生で役に立つから人生は面白い」(日野原氏)。
    3. 神様は霊のお父さん。将来のプラスを見越して訓練をされる。我慢する力は豊かな人生をする上で大切。
    苦難、訓練を乗り越えて豊かな人生を歩もう。

    安食弘幸師 峰町キリスト教会 牧師
  • 2018年02月16日17日 第143回

    『キリストにある聖き幸い』 見えない幸い
    創世記45:1〜8
     真っ暗だと様子が違う。光がないと世界はちがう。暗やみに対する恐れをもつ。目によりたのんでいる。暗やみの中では悪いこと、怖いことを想像する。無力になる。自由を奪われる。孤独を恐れる。死を恐れる。
     暗やみが問題なのではなく、暗やみを恐れる心に問題がある。罪に原因がある。見えるものだけをたよりにする。
     ヨセフは神様しか見ない盲目(45:5)。神様を「闇を解き明かされる方」(40:8)として信じ続けた。神様は愛していて下さることを味わっていた(39:21)。人の考えをこえた神の愛が注がれている。世を見るのでなく、主を見上げてとりなし祈ろう。
  • 2018年1月19日20日 第142回

    『「すばらしき世界 創造の御業を知る』
    ローマ 1:18〜20
    創世記 1:1〜2:4
    「創造主の技術」 ローマ1:18-20 
     創造主を敬わず、無視し、偽りとするなら創造主は怒られる。
    自然の中に技術が隠されている。科学は自然の技術を教科書とし教師とする。
    蓮の葉は水をはじく。蓮の葉を研究して中身が付かないヨーグルトのふたや汚れがつかないタイルが開発されている。
    500系新幹線のかたちはカワセミを研究して作られている。この形はトンネルの騒音を軽減している。フクロウの羽のギザギザ(セレーション)で音もなく飛ぶ技術が新幹線にも用いられている。
    飛行機の離着陸時の翼の形は低速でも安定するように、燃費がよくなるようにカラスや鳥の翼が研究され、まねている。
    ヤモリはガラスや天井も上ることができる。ヤモリの足は細かい毛がはえている。ファンデルワルス力という理論が働いている。100万分の一ミリメートル単位の毛を6500万本持っていて壁や天井を歩く。この技術を開発して、商品化(ヤモリテープ)されようとしている。
    自然から学び開発された製品は人が作る。自然は偶然できるのではない。自然界は神をしめしている。創造主を敬い、伝えていこう。

    「天地創造」  創世記1:1-2:4
     地球はデザインされ、設計されたことをハッキリと認めることができる。
    地球の成り立ちは適切に順序立てて出来ている。地球は5つの部分からできている「水圏」「大気圏」「岩石圏」「生体圏(植物、動物)」「磁圏」。創造の順番がことなっても、時間がかかっても生き物は存在できない。環境が整っていて生きることができる。聖書は創造主が6日で完成された。四季の一巡、365日で一年、月の満ち欠けで約一か月、1週間は人の生活のリズムのために創造主が用意された。
    地球は人の想像を超えた英知の結晶。地球の磁場で太陽風から守っている。4日目の太陽月、星の創造は理にかなっている。太陽系のどの惑星も磁場の強さは地球ほどない。地球の大気も温室効果ガスではない窒素、酸素なので地球全体で平均15度に保たれている。地軸の傾きも絶妙で四季がうまれる。太陽の大きさと地球との距離も計算されている。太陽風も銀河から地球を守っている。
    創造主が関心をもっておられるのは地球に生きる人である。創造主を覚え、あがめる人として生きよう。

    宇佐神 実師  ジェネシスジャパン会長
  • 2017年11月17日18日 第141回

    『祈りで変わるもの』
    ハバクク
    マタイ14:13-21
     「祈りで変わるもの」目を上げて  ハバクク
    神様は祈るとき何を変えてくださるか?
    「祈り」は神様が世界に何をしようとしておられるかを見ること。
    ハバククは自分の国が攻められているのを見た。悲惨を見た。回りをちゃんと見ることは大事なこと。見る、考える、悩むことは大切。祈っていても、何も起きていないように見えることがある。神様は「見よ。驚き、驚け」と語られる。神様の祈りの答えは自分の予想、想像、常識をこえてやってくる。信じられない、期待をこえて、まさかという方法でかかわってくださる。
    ハバククは姿勢が変わる。心の中だけでなく、事柄の中に神様を見ようとする。神様のみことばの当事者になるという姿勢になった。神様の働きに用いられたい。イエス様の思いを感じ取れる姿勢に祈りによって変えられたい。イエス様の心にふれる。
    神様の心にふれた祈り手は動き出す。黙っていられない、じっとしていられない。祈りは人を変えていく。

     「祈りで変わるもの」手を上げて  マタイ14:13-21
    19 五つのパン、2匹の魚を手にイエス様は天を見上げて祝福された。聖書で「食べること」は重要。エデンの園でも、荒野のマナも、エリシャのパンの奇跡、イエス様も食事を罪人たちとされた。だれとどう食べるか。神様が人を養う奇跡がある。
    弟子たちは「時刻ももう回っています」時は過ぎている、時間切れ、無理です。「…ほかありません」パンもなかった。足りない。足りないままイエス様に明け渡そう。
    天を見上げて「感謝」するとき神様の御業を見る。

    米内 宏明師  日本バプテスト教会連合理事長 国分寺バプテスト教会牧師
  • 2017年10月20日21日 第140回

    『信仰生活の十段階』
    ルカ5:1-11
    1、選びと出会いの段階 だれに出会うかで人生が変わる。ヨハネ15:16 イエス様がペテロを選んでくださった。
    2、自分のものを捧げる段階 ペテロはイエス様に「舟」を差し出した。主との深い関係になる。3T(Time、Talent、Treasure 時間、賜物、宝)を差し出そう。
    3、み言葉を学ぶ段階 ローマ10:17 み言葉を聞いて主との関係は深くなる。
    4、命令をもらう段階 「深みにこぎ出して、網をおろしてみなさい」
    5、あえて従う段階 「でもおことばですから」1サムエル15:22
    6、奇跡を体験する段階 そのとおりにすると「おびただしい魚がとれた」。
    7、キリストを発見する段階 「先生」が「主よ」に変わる。(奇跡の)体験だけでは不十分。救い主との関係にすすもう。
    8、使命が与えられる段階 「わたしについてきなさい。…人間をとる漁師にしてあげよう」。イエス様はすばらしいコーチ。私たちをよく知って、持っているものを生かして使命を与えてくださる。
    9、所有を捨てる段階 所有を(舟、網)することよりも大切な「存在」を見出そう。
    10、全き献身の段階 主のために捧げて恵みを見出させていただこう。

    聖ヶ丘教会 朴 壽吉牧師
  • 2017年09月15日16日 第139回

    『主なる神様の愛の徹底』
    創世記15:12-21
    ホセア11:1−11
    「私たちが受けた恵みについて」創世記15:12-21
    神との契約に誠実を尽くせない人間のために、神が古い契約から、神が一方的な恵みによって立てられる新しい契約という大きな変化のうねりを語る
    神ははじめに厳しい契約を与え、その後の恵みの契約を与えたのではない。ノアの契約、アブラハムとの契約も神の一方的な恵みの契約であった。
    創世記15章で契約を結ぶために裂かれた動物の間を通られたのは神であった。アブラハムは寝ている。この神の愛が必然的に新しい契約へと実を結んでいった。
    人間は主と共にあっても眠りこけている存在であることをゲッセマネの祈りの物語は伝える。けれども、契約への不忠実が極まったところで、神の御子がその身を裂き、血を流してくださった。契約に不誠実な者が担うべき運命を担って下さった。それは新しい契約の血であると、主イエスは語られたのである。契約を守り続けるという神の覚悟、責任をおい、愛してくださっている。

    「災いをくだすことを悔いる神」ホセア11:1−11
     神の「悔いる」ことは神の心変わりではなく、契約の対称である人がかわったことによる。洪水の前のノアの時代やサウル王のように。度重なる罪のために恩恵を悔い、「裁き」が訪れる。裁きの後に恵みを悔いることは二度と繰り返されることはない。
     預言者は災いをくだすこと、裁きの計画を悔い、思い直す神を語っている(アモス7)。「民が小さすぎる」という理由に続けられる裁きの思い直しが、限界にたっして裁きをまねく。
     さけられない裁きの中にも「見捨てることのできない」神のあわれみをホセアは語る。
    神の「悔いる」ことがなければ罪人は裁きを免れない。神がご自分の民を守ろうとされる心は、罪に従って裁こうとする心よりも強い。私たちはあわれみによって生かされている。

    大澤正芳 先生 金沢元町教会牧師