新着情報

2017/03/18
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第134回日光オリーブの里聖会は、去る3月17日-18日、清瀬福音自由教会牧師の岩井基雄先生をお迎えして「苦難での主の臨在と招き、そして祝福」という総合題の下に開かれた。 岩井先生は、静かな語り口調ながらも、聖書の御言葉の奥深さを力強く語って下さった。以下、岩井先生のお話の中で心に残ったことを記させていただくが、是非とも聖会CDをお聞き下さることをお勧めする。
次回の135回聖会は2017年4月21〜22日になります。
2017/02/18
第133回日光オリーブの里聖会は、去る2017年2月17日-18日、峰町キリスト教会牧師の安食弘幸先生をお迎えして開かれた。安食先生は、ヨシュア記1章1〜9節並びにルカの福音書5章1〜9節の御言葉を中心に、クリスチャンの信仰の成熟について説教をして下さった。以下、心に留まったことを記させていただくが、毎回申し上げるように、全てを網羅できるものではない。特に安食先生の場合は、ユーモアを交じえた軽妙な口調を通して大切なことが語られている。是非とも聖会CDをお買い求めいただくことをお勧めする。
次回の134回聖会は2017年3月17〜18日になります。
2017/01/21
第132回日光オリーブの里聖会は、新年(2017年)最初の聖会として、去る1月20日、21日、上野の森キリスト教会主任牧師の重田稔仁先生をお迎えして開かれた。尚、重田先生のお話の中で心に残ったことと、教えられたことを以下に記させていただくが、これらはほんの一部である。是非とも聖会CDをお聴きになることをお勧めする。
次回の133回聖会は2017年2月17〜18日になります。

オリーブ日記

  • 第134回 日光オリーブの里聖会

    2017年3月17日18日 第134回


    『苦難での主の臨在と招き、そして祝福』
    マルコ6:45〜52、ヨハネ21:15〜22


    1.私たち人間は、絶望のどん底に追い込まれなければ、神の恵みを真に悟ることのできない愚かな者である。
    2.私たちは、絶望のどん底に追い込まれた時、否が応でも自分の弱さ醜さに向き合わざるを得ない。
    3.しかし、私たちがどんなに罪深い者であっても、神は私たちと共にいて下さる。
    4.そして私たちを絶望のどん底に追い込む苦難が、その神の恵みを私たちに悟らせる良い機会となるのである。
    5.「詩篇119:71、ヘブル12:11」(筆者の感想)。

    清瀬福音自由教会牧師 岩井基雄先生
  • 第133回 日光オリーブの里聖会

    2017年2月17日18日 第133回


    『信仰の成熟を目ざして』
    ヨシュア記1章1〜9節、ルカの福音書5章1〜9節


    1.40年の荒野の旅を終えた今、イスラエルの民は約束の地カナンを目の前にしていた。しかし、そのカナンに進んで行くには、滔々と水の流れるヨルダン川を渡らなければならなかった。それなのに神は「今、ヨルダン川を渡れ」と仰った。ヨシュア率るイスラエルの民は、神のご命令に従い、信仰をもってヨルダン川を渡り、カナンの地へと入って行った。つまり、信仰の一歩を踏み出すか否かが、祝福を受けるか否かの分かれ道となるのである。

    2.私たちは、人生の中に起こることは選べないが、その出来事に対してどのように対処するかについては、選ぶことができる。ペテロたち漁師が、一晩中働いても全く不漁であった時、イエス様は、魚など一匹も取れるはずのない昼間なのに、「沖へこぎ出して網を下ろしなさい」と命じられた。そこでペテロ が、「魚など取れるはずもありませんが、イエス様のお言葉ですから」と網を下ろしてみると、考えられない程の大漁を見た。これはペテロが、とても不可能に思える現実の中にあっても、信仰をもってイエス様のお言葉に従った結果である。

    3.人の目には、いかに悲観的絶望的に思える状況であっても、主の御言葉に従って歩んで行く時、不可能が可能へと変えられていくのである。

    峰町キリスト教会主任牧師 安食弘幸先生
  • 第132回 日光オリーブの里聖会

    2017年1月20日21日 第132回


    『祈りが育む神との友情』
    詩編63:1〜12(新共同訳)
    詩篇63:1〜11(新改訳)


    1.聖書とはどのような書物であろうか。それは「神と人との『友情関係』」について書かれた「関係の書」である。
    2.友情関係とは、一方通行の関係ではなく、相互関係によって育まれていく。
    3.神との相互関係によって育まれた友情関係の例
     (1)エノク(創世記5:24)
      @神とともに歩む人はへりくだった人である。
      Aところが、私たちには元来、へりくだる力はない。
      Bだから神は、私たちをへりくだった者とする為に、様々な試練を通して砕かれる。 
      Cしかし神は、只私たちを砕かれるだけではなく、必ず癒して下さる。
      Dこの体験を通して、砕かれた私たち(人)と、砕いた方(神)との間に友情が育まれていくのである。
     (2)ダビデ(詩篇84:1〜4、新改訳)
      @ダビデは何故、主の家に住むことを願ったのか
      Aそれは、彼がいつも自分の前に主を置いたから(詩篇16:8)
      B「主を自分の前に置く」とは、「過去において主がいかに恵みを施して下さったか」を思い起こすことである。
      C私たちには、いつも主の恵みが降り注がれている。そのことにいつも思いを馳せる時に、私たちの心に神に対する感謝が満ちあふれて来る。そしてそのことを通して、私たちと神との間に友情が育まれていくのである。
     (3)イエス・キリスト(ヨハネ15:15,13)
      @人と人との関係、それは「恩を受ければ必ずそれに報いる」、平たく言えば「お返しをすること」が求められる関係である。
      Aしかし、イエス・キリストの十字架を通して現わされた私たちに対する神の愛は、「お返しを求めない」無償の愛である。
      B私たちは、神様に何かを「お返しする」のではなく、その愛を感謝して素直に受けることによって、神様と私たちとの友情が育まれ深められ、その絆が強められていくのである。

    上野のキリスト教会主任牧師  重田稔仁 先生
  • 第131回 日光オリーブの里聖会

    2016年11月18日〜19日 第131回


    『第T聖会 「ぶどうの木と豊かな実り」 』
    (ヨハネの福音書15章5〜17節)

    1.イエス様は、ご自分と私たちクリスチャンとの関係を、ぶどうの木とその枝にたとえられ、実を結ぶために、「わたしにとどまりなさい」と言われた。 2.「イエス様にとどまる」とは、聖書の御言葉を通して
      (1)イエス様と出会い、イエス様がどのようなお方であるかを深く知ること
      (2)「私は、イエス様の十字架 の贖いによって命がけで愛されている尊い存在である」ということ知ること
      (3)そしてその愛は「私にだけではなく、他者(隣人)にも注がれている」ということを知ること
      (4)これらをひとことで言えば「いつもイエス様を思うこと」である。
    3.そのようにすれば、神様の力によって豊かな実りある人生となるのである。

    MACF牧師 関根 一夫 先生

    『早天聖会 「永遠の命に生きる」 』
    (ヨハネの手紙第一、5章11〜13節)

    1.ヨハネがこの手紙を書いた目的、それは「クリスチャンは『永遠の命』を持っている」ことを、よくわからせるためである。
    2.但し、「“永遠”の命」とは、単にいつまでも長生きをすることではない。
    3.それは「神様のご性質の中にある命」である。
      (1)神様は「平和の主」であられる(第Uテサロニケ3:16)
       平和とはヘブル語で“シャローム”、「平安」とも訳される。
        絶望的な状況にあっても、「平安」を失うことのない命である。
      (2)神様は「望みの神」であられる(ローマ15:13)。
      (3)神様は「愛の神」であられる。(第Tヨハネ4:8〜10)。
    4.ギリシャ語では人間のことを「アンスローポス(=上を見上げる者)」と言う。つまり、本来人間は、神様を見上げて生きる者なのである。
    5.イエス・キリストを信じ、イエス・キリストを通して真の愛を示して下さった神様を見上げて生きる時に、いかなる時にも望みを失わず、平安をもって生きる力が与えられるのである。

    城山キリスト教会牧師 関根 弘興 先生

    『第U聖会 「神の恩寵に守られて」 』
    (ヨハネの福音書14章16〜17節)

    (※)関根辰雄先生は、88年の人生が、正に「神の恩寵に守られて」の歩みであったことを、初めて教会の礼拝に導かれた経緯や、今日迄の様々な体験を交えて証しをして下さった。そして、最後にこのように結んでおられる。
    1.クリスチャン生活に求められることは沢山あると思いますが、明白な
      @十字架による新生の恵み
      A助け主なる聖霊の内住の確信、これらをキリスト教の初歩的なことと考えないで、しっかりと再確認して下さい。これらは確かな神からの賜物」です。
    2.この二つを信仰によってしっかりとあなたの生涯に握って下さい。世の中はめまぐるしく変化し、自分自身の健康も、生活も、友人知人も、事情、境遇も変化してきます。
    3.しかし、変わらざるお方がおります。常住不断、あなたと共に、あなたの内にいますキリスト、栄光の望みです。

    大沢バイブルチャーチ牧師 関根 辰雄 先生

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