新着情報

2016/07/16
第128回日光オリーブの里聖会は、去る7月15日?16日?、JTJ講師・JSE教師・CRJ顧問の野口 誠先生をお迎えして開かれた。野口先生はご自身の体験や幅広い知識をふんだんに交えながら、クリスチャンがどこに望みを置いて生きるべきかを語って下さった。
次回の129回聖会は2016年09月16〜17日になります。
2016/06/18
第127回日光オリーブの里聖会は、去る6月17日?18日?、JTJ宣教神学校前学長・現講師の岸 義紘先生をお迎えして開かれた。今聖会は神様の私たちに対する愛がどれ程深いものであるかを改めて教えられる聖会であった。
次回の128回聖会は2016年07月15〜16日になります。
2016/05/21
第126回日光オリーブの里聖会は、立川福音自由教会牧師の高橋秀典先生をお迎えして開かれました。私たちの望みである「天国」について、改めて考えさせられる聖会でした。
次回の127回聖会は2016年06月17〜18日になります。

オリーブ日記

  • 第128回 日光オリーブの里聖会

    2016年07月16日 第128回


    『キリスト者の希望』  (ヨハネの手紙第一、4章8節、ヨハネの福音書14章1〜3節)

    1.進化論は、「人間はサルが進化したものである」という。もしそうであれば、サルは神様に対して道徳的責任はないのだから、人間も神様に対して道徳的責任を問われることはない。
    2.一方、聖書は「人間は、初めから人間として、しかも神様のご性質に似せて造られた者」であるという。  だから、人が犯した罪に対しては、それを厳しく裁かれる。
    3.又ヘブル9:27に「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」とある。
     では、罪を犯した人間は、このまま滅びる以外にないのであろうか。救いの道はどこにもないのであろうか。
    4.否、聖書は言う。神様は愛のお方であるがゆえに、独り子イエス・キリストを人としてこの世に遣わし、十字架の上で私たちの罪の身代わりとして下さった。(第1ヨハネ4:9,10。ヨハネ3:16)。
    5.しかもその愛の神様は、私たちといつも共にいて下さると約束しておられる。
    6.そしてその約束は、イエス・キリストの再臨によって完成される(ヨハネ14:2,3)
    7.この神様の約束にこそ、「キリスト者の希望」があるのである。

    JTJ講師・JSE教師・CRJ顧問 野口 誠 先生
  • 第127回 日光オリーブの里聖会

    2016年06月18日 第127回


    『贖罪愛を受けて隣人愛に生きる』  (ルカの福音書10章25〜42節)

     ルカ10:30〜37にあるイエス様によるたとえ話は、「良きサマリヤ人のたとえ」として、とても有名なものである。ではこのたとえ話を通して、どのようなことを教えられるであろうか。

     このたとえ話に登場する祭司もレビ人も、律法については非常に精通している人たちであった。
    だから、レビ19:18にある「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」という、律法の中で最も大切な戒めをも熟知していたはずである。それなのに彼らは、強盗に襲われて瀕死の状態にあった同胞のユダヤ人を助けることなく、そのまま通り過ぎて行ってしまった。つまり、自分たちの同胞であるユダヤ人の旅人に対して、隣人愛を示さなかったのである。
     ところが、当時ユダヤ人とは敵対関係にあったサマリア人の旅人は、瀕死のユダヤ人を見た時「かわいそうに思い」彼を手厚く介抱してやったのである。
     ところで、ルカ10:33にある「かわいそうに思(う)」とは、単なる憐憫の情ではなく、「自身の腑が引きちぎれる程の痛み」の伴うものである。つまりこのサマリア人は、それ程に深い憐みの心をもって、自分の敵対者であった にもかかわらず、瀕死のユダヤ人を介抱したのである。

     まとめ
      @強盗に襲われたユダヤ人の旅人に対するサマリア人の隣人愛は、イエス・キリストの十字架を通して現わされた、私たちに対する神の贖罪愛である。
      A強盗に襲われたユダヤ人の旅人は、原罪の中で滅び行こうとしている私たちの姿である。
      Bイエス・キリストの十字架によって私たちに永遠のいのちをくださった神の贖罪愛に感謝。

    JTJ宣教神学校、前学長・現講師  岸 義紘 先生  
  • 第126回 日光オリーブの里聖会

    2016年05月21日 第126回


    『天国観を見直す』
    あなたの天国のイメージは聖書に基づいていますか?
    (イザヤ書65章17〜25節、ミカ書4章1〜8節)


     1.今日多くのクリスチャンが、「天国=死んだ後に肉体から解放された魂が行く所」ととらえている傾向がある。
     2.勿論それは間違いではないが、天国の概念を100%言い表しているとは言えない。
     3.天国とは、天にある神の正義が実現される所である。
     4.今の世は、あまりにも不条理なことが満ちている。そして、私たちはそれらを目にする時、この世で労苦することが無駄で無意味なことのように思われる。
     5.しかし、やがてイエス・キリストが再臨され、世界の全てが神の正義によって新しくされるいわゆる新天新地が訪れる。
     6.しかもそこでは、私たちの労することの全てが報われ、何ひとつ無駄になることはない。
     7.そしてそのことは、旧約聖書において全て預言されていることなのである。

    ※「天国」に関して更に理解を深める為に、高橋先生の著書「今、ここに生きる預言書」「小預言書の福音」(いのちのことば社)を一読されることをお勧めする。

    立川福音自由教会牧師 高橋秀典先生

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